バリ島の天女信仰と羽衣伝説

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4-1. 天女にまつわる多様な伝承

バリ島では天女にまつわる様々な信仰や文化が古くから根付いている。バリ語で天女はドゥダリ(dedari)と呼ばれる。最も代表的な事例は「サンヒャン・ドゥダリ(sanghyang dedari)」という名称の、少女の踊り子が天女の神憑りの媒介となる儀礼である。この儀礼はバリ島の農村の稲作儀礼の一環として行われる場合が多い。近代化に伴ってこの儀礼は衰退したが、2015年にユネスコが世界遺産リストに登録した9種目のバリ島の伝統舞踊の中にサンヒャン・ドゥダリが含まれていたことから、近年は復活の兆しがみられるという( 9 Balinese dances make UNESCO heritage list - National - The Jakarta Post)。

また、バリ各地の儀礼で頻繁に登場する扇形の頭部をもつ小さな女神「チリー(cili)」も重要な天女信仰の一表象である。デンパサール市のバリ博物館ではチリーを象った様ざま祭具が展示されている。そのヤシの葉を素材とする供物としてのチリーが最も多いが、土器、青銅で作られたものも含まれる。チリーの表象が豊穣祈願の文脈で使われることが多いことから、バリ博物館の教育保存担当のPaeo氏は「チリーはヒンドゥー文化の影響を受ける前にインドネシア全土に知られていた女神デウィ・スリ(Dewi Sri)の化身です。デウィ・スリは母なる女神、大地の女神ペルティウィ(Pertiwi) であり、生命を生み出すことから多産の象徴と考えられています。」と述べる(NUSABALI.com - Patung Cili Simbol Kesuburan Bali)。

以上から、バリ島の天女信仰は農耕社会にもとづく基層文化と、インド、中国、ジャワからの外来文化との間のグラデーションの中で多様に体現されているといえる。例えばバリの歌、舞踊、影絵、演劇の中に登場するスプラバ(supraba)という天女のキャラクターの由来は、古代ジャワの詩歌カカウィン(kakawin)や影絵(wayang kulit)である。しかしそれはバリ島のサンギャン・ドゥダリ儀礼の神降ろし歌(gending sanhyang)の歌詞に登場したり、一方でインドの叙事詩マハバーラタを題材とする影絵芝居に挿入されたりと、様ざまな文脈で生を与えられている。このようにバリの人びとの想像的世界の中で、文脈ごとに異なる名称をもつ天女は魔法の羽衣で飛び回るかのように、時間的・文化的境界を自由に往来しているのである。

 

4-2. ラジャパラ物語

バリ島で最も広く知られる羽衣伝説は、ラジャパラ物語(Kisah Rajapala)である。これも百瀬侑子によるA~Eの展開(3参照)で構成され、Eについては様々なバリエーションがある。バリ島は伝統的に口承文化のため、語り部ごとの創意工夫によって自由に語り継がれてきた。また昔話としての語りだけでなく、儀礼の詩歌ググリタン(Geguritan)という様式でも伝承されてきた。

インドネシアで「絵本による民話の伝承」は近代以降に広まった文化であるため、今でもバリで発行されたラジャパラ物語の絵本を目にすることはない。そこで一つ紹介するのは、ジャワ人作家Siswanto Partodimulyoによる文章、同じくジャワ人のイラストレーターJulie Sutonoによる挿絵から構成された、1978年発行のラジャパラ物語の絵本である(写真4-1, 4-2, 4-3, 4-4)。ただし当時のインドネシアは日本のようなレイアウトの絵本は定着していなかったため、絵本というよりも挿絵の入った児童文学といった方が正しい。1970年代から80年代のスハルト政権時代には、国民文化創成の政策としてインドネシア各地の民話の収集と出版が政府主導で活発化した。その中心として活躍したのがジャワ人の文学者や文化人であったことから、このラジャパラ物語の絵本もこの潮流の中で「世界の物語シリーズ(Kisah Seputar Buana)」の一つとして刊行された(あらすじ: 4-3項)。


4-1 絵本『Rajapala』(1978)の表紙


4-2 主人公ラジャパラ


4-3 天女スプラバの降臨


4-4 羽衣をとるラジャパラ

 


ただし、この内容はあくまでこの絵本のバージョンである。一粒の米からお釜いっぱいの飯が生まれたり、穀倉の中から羽衣が見つかるといったくだりは、ジャワの「ジョコ・タルッブ(Joko Tarub)物語」と共通している。したがってこのラジャパラ物語の絵本はジャワ人作家によって改編された可能性もあり、それも語り部の好みで自在に変化する民話ゆえの結果といえる。

では、バリ人にとって本当のラジャパラ物語とはどういうものなのだろうか?もちろんその答えはないが、一つのパターンとして知られるのは、前半の羽衣を盗んで夫婦になるところまではS. Partodimulyo版の絵本と同じで、後は「天女が男の子を生んだ後、羽衣が見つかって天に戻る」「ラジャパラは森に籠って瞑想生活を送る」「残された息子は国王の臣下として立派に成長する」という展開である。これは以下2つのウェブサイトで紹介されているが、そのうちジョコ・タルッブ物語のインドネシア語版ウィキペディアでは、ラジャパラ物語の天女の名前はKen Sulasih、息子の名前はDurmaとされている。

 

ラジャパラ物語 バリ島の羽衣伝説 (balitaksu.com)

Legenda Jaka Tarub - Wikipedia bahasa Indonesia, ensiklopedia bebas

 

この他に近年の動きとして興味深いのは、絵本の伝統がなかったバリ民話にとって、YouTubeが伝承のメディアとなっている点である。ただしラジャパラが農民でも貴族でもない狩人として語られるバージョンもあり、バリではこちらが広く知られている。このYouTubeで公開されている狩人バージョンの物語(語り部:I Wayan Suleman)も、天女の名をKen Sulasihとし、最後にラジャパラが森に入る点で共通している。

 


 

4-3. 絵本『ラジャパラ物語』(S. Partodimulyo著, 1978年)のあらすじ

 

出典:Rajapara: Kisah Seputar Buana 3 Cerita dari Bali, written by Siswanto Partodimulyo and Illustration by Julie Sutono, Jakarta: PT Gaya Favorit Press, 1978

 

I 花を盗んだのは誰?

昔、アグン山の麓の小さな村に、ラジャパラという働き者の若い百姓が住んでいた。ラジャパラの熱心な仕事ぶりのおかけで、その村は花があふれかえる美しさで都まで知れ渡っていた。ラジャパラはそれを誇りに思っていたが、唯一物足りなく思っていたのは、妻がいないことだった。そしてある朝、彼は自慢の花畑の一部で、開花間近のつぼみがたくさん摘み取られているのに気付いた。「昨日は見たのに今朝なくなっているということは、夜に誰かが摘み取ったに違いない」と彼は思った。

 

II 夜の訪問

この美しい村の評判は都だけではなく、天の神々にも知られていた。百花繚乱の花から立ちのぼるかぐわしい香りが、天まで届いていたからだ。そして天女たちの間で、どうやってあの素晴らしい香りの花を持ってこれるか、様々な知恵が絞られた。そこで地上に使わされることになったのが、彼女たちの間で最も美しい、スプラバ(Supraba)という天女だった。そして地上が満月の明かりに照らされたある晩、スプラバは地上の様子を見るために天から舞い降りた。そして上空から見たアグン山の麓で人間と自然が織りなす美しい光景に心奪われた。

天界へ戻った後、スプラバは他の天女たちに空から見た素晴らしい景色を熱く語った。その話に惹きつけられ、他の天女たちもスプラバの後を付いて地上へ降りることになった。

ラジャパラの村に降り立った天女たちは、スプラバが話した通りの絶景に夢中になった。そしてさっそく良い香りの花々を摘み取り、清らかな水をたたえた池で水浴びをした後、全員で天へ戻った。

天女たちは摘み取った花を髪飾りにしたり、宮殿に飾ったり、思い思いに楽しんだ。こうして仲間たちと地上を訪れ、花を摘み、池で泳ぐという旅が天女たちの最高の娯楽となり、満月の夜ごとに訪れる習慣が生まれたのだった。

 

III 絶世の美女

一方、こうしてたびたび起きる花の盗難にラジャパラは心を痛めていた。入念に周辺を調べてみても何かが破損された跡はなく、ただ池の周りが誰か水浴びをしたかのように濡れているだけだった。ラジャパラはこの盗人が夜に来ると確信し、それから毎晩見張りをすることにした。ただしその後しばらく何もおこらず、徒労の夜が続いた。

しかし、ある満月の晩のこと。花畑の影に隠れて見張りをしていたラジャパラは、向こう側に何体もの影が揺れているのをみた。息を潜めて影を見つめていると、小さな物音とささやき声が聞こえるとともに、良い香りが漂ってきた。何度も目をこすってみると、次第にその姿が見えてきた。それは信じられないほど美しい娘たちだった。

ラジャパラは彼女たちが幽霊なのか妖精なのか分からず、ただ混乱した。そうしているうちに天女たちは衣を脱ぎ、池で泳ぎ始めた。ラジャパラはそれを眺めながら、いまは捕まえず見過ごしてやることにした。そして天女たちが自分のすぐ近くに脱ぎ捨てた羽衣を、目に見えた6人の天女の数だけ取り上げ、池の近くにおいてやった。そしてラジャパラはその場を去った。

夜明けが近づき、天女たちは池から出ると羽衣を身に着けて天に戻る準備を始めた。だが一人だけ、天に戻るための羽衣が見つからずに困り果てた天女がいた。他の6人の天女たちも懸命に探したが、見つからない。いよいよ日の出となり、天女たちは泣く泣くその一人を置いて飛び立った。こうして一人で地上に残ったのは、スプラバだった。

スプラバは泣きながら美しい声で、「誰か私の羽衣を探してください」と歌い続けた。その声を聞いたラジャパラは彼女に近づき、「お嬢さん、どうしたのですか」と声をかけた。スプラバは泣きながら、自分が天から舞い降りた天女であること、そして羽衣がないと戻れないことを話した。スプラバの美しさに見惚れたラジャパラは何も知らないふりをし、「私を信じるなら、あなたを守ってあげよう」と言った。途方に暮れたスプラバは、ラジャパラから布を借りて身にまとい、彼の家に行ってしばらく身をおくことにした。

ラジャパラの質素だが整った家でスプラバは一旦落ち着くことができたが、天のことが頭から離れず、「私はどうやって、いつ天に戻れるのか」とラジャパラに尋ねた。するとラジャパラは、「私とあなたが出会ったのは、全て神(サン・ヒャン・ウィディ)の思し召しなのだ」と答えた。こうしてスプラバは、ラジャパラの妻となった。

 

IV 大事件

その後、スプラバはラジャパラとの間に三人の娘を生んだ。上から順に、クスマ、プスピタ、ラトナと名付けられた。ラジャパラはいっそう畑仕事に励むようになり、おかげで田畑は豊作が続き、食べ物に困ることはなかった。

だが、ラジャパラは次第に不思議に思うようになった。妻は毎朝たくさんの米を炊いているのに、穀倉の米の量が変わらないからだ。そこには秘密があった。スプラバは天で覚えた呪文の力で、たった一粒の米をお櫃いっぱいの飯に炊き上げることができたのだ。だからいつまでたっても穀倉の米が減らなかったのである。

ある朝、スプラバは珍しく寝坊した。ラジャパラは畑仕事に出かけていた。家でお腹をすかせた子どもたちのために、スプラバは急いで米炊きを始めた。そこへラジャパラが戻ってきた。スプラバは他の家事をするため、夫に「いま火にかけているお釜の蓋を、私が戻るまで絶対に開けないでくださいね」と言ってその場を離れた。

しばらくすると、ラジャパラは台所のお釜がぐらぐら煮立ち、湯があふれ出そうになっているのに気付いた。妻に言われたことを思い出しながらも危険に思ったラジャパラは、蒸気を逃がすために釜の蓋を取りあげた。すると驚いたことに、釜のなかではたった一粒の米が湯のなかで踊っていたのだ。「妻はお米を入れるのを忘れたのか?」そう思ったラジャパラは、そのまま蓋を閉じた。しかしその後、釜の湯は静かなままとなった。

そこへスプラバが帰ってきた。ラジャパラは釜の当番を妻にまかせ、畑仕事に戻った。スプラバはいつもどおりの手順で、米が炊きあがり時を見計らって蓋をあけた。しかし彼女が見たのは、何も変わらない一粒の米だった。スプラバは大急ぎで夫のもとへ行き、「釜の蓋をあけましたね」と詰め寄った。動揺するラジャパラに、さらにこう言った。「あなたは大変なことをしました。私は毎朝辛い米搗きの仕事をしなければならないどころか、我が家の穀倉の米もどんどん減っていくのです」――その後夫婦の暮らしは彼女の言った通りになり、以前の豊かさは失われた。

 

V ばれてしまった秘密

ある朝、スプラバは残りいくばくもない米を炊こうと穀倉に入った。そこですっかり減ってしまった稲束の山に手を入れた時、何かに触れた気がした。稲束をかきわけてみると、なんと無くしたはずの羽衣が現れたではないか。

スプラバはすぐに夫を呼び、厳しい面持ちでこう尋ねた。「あなたは嘘をつきましたね!あの時、羽衣を隠したのは誰か知っているでしょう?」――戸惑ったラジャパラは黙ったままだった。スプラバはさらに続けた。「私は天に戻らなければいけません。どうか娘たちを可愛がってください。私は天から見守っています。」この言葉にラジャパラは慌てふためき、「母親なして娘たちはどうやって生きていける?」と引き留めようとした。しかしスプラバの決心は固かった。「あなたと私が出会ったのも神の思し召しなら、いまこうして別れるのも神の定めた運命なのです」と別れの言葉を告げ、羽衣をまとうと、そのまま天へと飛び立った。ラジャパラは羽衣を捨てずに倉に隠した自分の愚かさを悔い、ただ途方に暮れた。

 

VI お母さんはどこ?

それからというもの、ラジャパラは一人で畑仕事と子どもの世話を背負う日々を送った。かつて整っていた家は雑然とし、疲れはてたラジャパラの体はどんどんやせ細っていった。そんな苦しい生活の中でもラジャパラは妻の教えを守って3人の娘たちに愛を注ぎ続けたが、娘たちは口々に「お母さんはどこ?」と尋ねて父を困らせた。そして貧しい食生活から、次第に娘たちは病気がちとなった。ついにある日、3人とも高熱に苦しんだ後、長女クスマは足が不自由になり、次女プスピタは口が聞けなくなり、三女ラトナは目が見えなくなった。ラジャパラは絶望の底に突き落とされ、「スプラバよ、おまえは心までも私たちから離れてしまったのか…?」と心の中で何度もつぶやいた。

 

VII 白いカラスの助け

天上のスプラバはいつも娘たちを思いながら日々を送っていたが、もう地上に降りることは許されなかった。そしてある日、娘たちの姿がまぶたに浮かび、胸がざわめいた。そこに訪れたのは、一羽の白いカラスだった。スプラバはカラスに、「どうか私の代わりに、娘たちの暮らしぶりを見てきて私に伝えておくれ」と頼んだ。白カラスはさっそくラジャパラの家に舞い降り、体が不自由になった3人の娘の姿を見ると、天界に戻ってスプラバに身振りでそれを伝えた。その不幸に衝撃を受けたスプラバは、すぐさま一本のヤシの葉芯をもちだし、白カラスに「今すぐこれを運んで、娘たちの病気を治してやりなさい」と命じた。カラスはそれをくちばしにくわえると再びラジャパラの家に降り、クスマの足元、プスピタの口元、ラトナの目元を、スプラバに託されたヤシの葉芯でさすった。すると不思議なことに、3人の娘の体は元通りに治っていったのだ。それを見たラジャパラは、これぞ神の奇跡と心から驚き、その慈悲に深く感謝をささげた。

こうして病から回復した3人の娘たちはその後健やかに育ち、ラジャパラの生活を支えるようになった。そして彼女たちの美しさと気立てのよさが王子たちに見初められ、3人とも王族に嫁いで幸せな人生を送った。

 

 

4-4. 天女に関連した聖地

筆者は2023年から2024年にかけて、バリ島の天女に関連した特定の場所の調査を行った。これらは名称に「天女」を表すDedari(バリ語)あるいはBidadari(インドネシア語)の語が含まれている。その分布と各地域の説明・写真・動画をGoogle My Mapにまとめた。なお、このマップはバリだけでなく天女伝説の大きなつながりを可視化するため、ジャワや日本など他の地域での天女聖地のマッピングも含む。なお本マップ作製に関わるバリ調査は野澤暁子が担当、東ジャワ調査は国立スラバヤ大学チーム(Mr.Nasution, Ms.Septina Alrianingrum, and Mr.Aditya Indrawan)が担当した。他の地域に関しては順次追加する予定である。

 


 

バリ島内でこれまで確認できたのは、地図上にある合計27か所である。

これらの27か所はウブドのTaman Bidadariなどの新しくできた観光スポットも含まれるが、新旧含めて殆どは聖水信仰との関連をもつ。以下がこれらバリの天女聖地にみられる5点の傾向である。

 

①   儀礼に使う聖水を汲む水場(水源や湧き水)であることが多い

②   そこで得られる水が、病気治癒などの効能をもつと信じられている場合が多い

③   山間の傾斜地や渓谷など、起伏のある立地の場合が多い

④   水田や棚田などが近くにある稲作地帯に位置するものが多い

⑤   寺やその場が村の所有ではなく、水利組合(スバック)や個人などの私有地であることが多い

 

これに加えて地域的な偏りもある。県別にみると、多い順から「タバナン:9件」「ブレレン:6件」「カランガッスム県:3件」「バングリ県:3件」「バドゥン県:3件」「ギャニャール県:2件」「クルンクン県:1件」となっている。

乾燥した西部のヌガラ県とカランガッスム県の北東地域に全くないこと、そしてタバナンを中心とした米作りの盛んな地域に分布し、山の水源からの河川網に集まっていることから、バリの天女信仰は稲作との関連が深いと考えてよいであろう。ラジャパラ物語の内容や、チリーやデウィ・スリ(4-1項を参照)といった他の女神表象との関連などから総合的にみても、やはりバリの人々は天女(ドゥダリ)に対し「豊穣を司る超自然力」のイメージを重ね合わせていることがわかる。