アジアにおける羽衣伝説の分布
天界で神に仕える美の象徴であるとともに、時おり地上に舞い降りて様ざまな奇跡を起こす天女――この空想上の存在については、古くから世界各地でさまざまな物語が伝えられてきた。特に羽衣伝説と呼ばれる「空を飛ぶ魔法をもつ羽織布(羽衣)をまとった天女が人間世界で繰り広げる物語」は、中国、インド、日本、朝鮮、そして東南アジア各地のアジア文化圏で数多く伝承されている。
羽衣伝説の物語展開は伝承地ごとに異なり、研究者によっていくつかの分類が提示されてきた。まず共通するのは、「地上に舞い降りた天女が羽衣を隠され、天界へ戻れなくなる」という話の発端と、「天女と生活を共にした家族が大きな富を得る」という超自然力である。話の大筋については、「羽衣を見つけて天界に戻る〈昇天型〉」と「そのまま人間世界にとどまる〈地上生活型〉」の二タイプに大きく分けられる。また人間との関係については、「男性と結婚して子どもを産む」「老夫婦の養女となる」など、いくつかのパターンがある。天女の力による富については、「穀倉や米櫃で自然に増える米」といった稲作の豊穣と関連したものが多い。この他にも羽衣伝説には、中国の七夕伝説や七星始祖伝説、また仏教説話と結びついたものも数多くみられる(君島久子 1999、百瀬侑子 2013)。
では、なぜ羽衣伝説はこれほど多くアジア各地に広まったのだろうか?中国大陸からの民族移動か、稲作の伝播か、それとも仏教思想の普及によるものなのか――その起源や伝播経路は決して一つではないだろう。確かなことは、天女という存在がアジアの人びとの心と深い親和性をもち、世界と人間とをつなぐ空想的な媒介として生き続けてきたことである。天と地、人間と大地――この大きな世界と生命を支える自然の不思議な力を、アジアの人びとは天女という美しい神の使いとの交流を通じて様ざまに物語ってきた。
だが、全てが素朴な民話として語り継がれてきたわけではない。神話研究者の大林太良は奄美・沖縄地方に多く伝わる羽衣伝説について、「王朝神話」と「民間神話」の二種類に分けられると論じた(大林太良 1989)。つまり王朝神話型の場合、天女と人間の異類婚姻譚がその地方の統治者の始祖を神格化する文脈で生まれ、王朝と民衆の社会関係の維持装置として機能してきたのである。こうした王朝神話型の羽衣伝説はインドネシアのジャワ島やバリ島にも存在するため、古代におけるアジアの国造りや領土開拓の歴史との重要な関連性があると考えてよいであろう。