インドネシアの羽衣伝説
インドネシアの羽衣伝説については百瀬侑子の研究に詳しい(以下、百瀬 2013: 186-205を参考)。インドネシア語で天女は「ビダダリ(bidaradi)」と呼ばれるが、各地方の言語では様ざまな名称をもつ(バリ語の「ドゥダリ(dedari)」など)。百瀬によると、「羽衣説話は、西はアチェから東はパプアまで、インドネシアのほぼ全域に分布しており、インドネシアは世界でも有数の羽衣説話の豊作地帯」であると述べている。また、「細部に微細な相違」がみられるものの、「異類の女が地上に住む男と結婚するが、ふたたび異界(多くは天界)へ帰るという主要部分は、核としてほぼ共有されている」と分析する。
百瀬はインドネシアの羽衣伝説の基本的な構成を以下のA~Eとする。
A=若者が水浴に来た天女から羽衣(あるいは翼)を奪う。
B=若者は天女を妻とする。
C=子どもが生まれる。
D=天女は羽衣を見つけて天に帰る。
E=後日談
多くの場合は〈ABCD〉順に話が展開する。その代表例として、有名なジャワ民話「ジョコ・タルッブ」を紹介している。しかしながら、各地の民話のバリエーションを生んでいるのはEからの展開であるという。例えば「夫が子どもと妻を追いかけ、天界で与えられた難題を解決して天女を連れ帰る(東南スラウェシ)」「三人の子どもが天女を追いかけるが、途中で失敗し、それぞれ落下地点の王になる(北スラウェシ)」「天女は子を連れて天に帰るが、成長した子どもが地上へ降りて父を見つけ、父を天に連れ帰る(西スマトラ)」「黒い鶏がついばんでいた籾米の中から羽衣が見つかって天女が去ってしまったため、王はその後民衆に黒い鶏の飼育を禁止した(南カリマンタン)」「天女が去った後、王は再婚し、残された三人の子どもは継母に虐められる(バリ)」などがある。
さらに登場人物にも多様性がみられる。羽衣を盗む若者の職業の多くは、農夫、狩人、漁師などであるが、王や王子などの高貴な身分、旅人や漂流者など異国からの来訪者もみられる。女性の主人公である天女に関しては、時には本性が鳥、魚、蛇である事例も含む。最初地上に舞い降りる天女は、3、4、7、10人など複数だが、最も多いのは7人である。また、舞い降りる場所は、森の奥の湖、池、川、泉といった水辺である。
この他にもさまざまな羽衣伝説がインドネシアには存在するが、百瀬はこれらの特徴を以下の三つに分類している。
① 羽衣説話のモチーフがそのまま民話として語られる場合
② 建国伝説の一部分として挿入される場合
③ 自然や物事の起源伝説の一部分として挿入される場合
以上は大林が奄美・沖縄地方の羽衣伝説に見出した「王朝神話」と「民間神話」に③の要素を追加したものとして、インドネシア以外の羽衣説話を分析する上でも有効な視点であるといえる。これらは上記で挙げた若者の属性や舞い降りる場所などと絡み合って、物語伝承の社会的・地域的文脈を作りあげているといえる。また、4で紹介するバリ島の天女にまつわる伝説についても、この分類はより深い理解を得るための視点となるだろう。